vol.1 2022.2.7
西塔大海(SML編集長)× 堀口正裕(TURNSプロデューサー)
はじめまして。SML編集長の西塔です。普段は「地域おこし協力隊の制度設計」という、おそらく誰も聞いたことのないであろう仕事をしています。地域おこし協力隊を募集するために企画を考えたり、彼らの活動環境を整えたり、さらには3年後に仕事づくりをお手伝いするということを、7年にわたって日本中でしてきました。
このコラムでは、地域おこし協力隊というローカルキャリアと、その先に広がるあまり知られてることのない世界を、皆さんにご紹介していきたいと思います。
ということで、初回はスペシャルゲストとして、雑誌TURNSのプロデューサー・堀口正裕さんをお招きした特別インタビューです。堀口さんは20年以上ものあいだ、日本中の地域やそこに移り住む若者たちに関わってこられました。
西塔 堀口さん、本日はよろしくお願いします。協力隊は、着任する条件が”移住すること”という特殊な仕事です。移住のことなら、まずはTURNSをつくられている堀口さんに話を聞かなければと思いまして!
堀口 ただの情報発信屋のおじさんに過ぎないんですけどね(笑)。地域づくりのコンサルじゃないし、ありのままを伝えて、そこから事例を紹介する。「まちづくりはこうだ!」とか言うのは鳥肌が立ってダメ。今、本当は移住って言葉がなくなってもいいくらいライトに、引っ越しよりも軽い言葉で地域に関われる時代になっている。だからこそ「もっと外貨稼ぐ人材つくれるよね」とか、概観をおじさんがつぶやくスタンスですね。
西塔 まずは「堀口さんってどんな方ですか?」という質問を改めてさせてもらえたら。TURNSは雑誌と言っているわりに、堀口さんはいろんなところでイベントや企画を仕掛けていますよね。何を目指してこの仕事をしているのか聞いてみたいなって。
堀口 現在28年目の会社で、もともとスタートは広告会社でした。いつしか、自分たちがやりたいことと世の中のニーズが合致したメディアをやろうって話になって、「LiVES」っていうリノベーション雑誌をつくったんです。それからも自分たちにしかできないメディアを考えていって、生まれたのがTURNSの前身「自休自足」。東日本大震災が起きたときに名前を変えたんですけど、移住のターンだけじゃなくて、これから生きかたが多様化しておもしろくなるだろうから、人生のターンを仕掛けていこうということでTURNSになりました。共感者や共犯者と一緒に「やりたい」や「暮らしたい」をメディアにしていく。そういう会社です。
西塔 社会的意義とかいうよりも、楽しそうだとかこれはワクワクするぞとか、「やりたい」を突き詰めていった先に、TURNSがあったってことですね。人生のターンをつくるっていいキーワードだなあ。
西塔 移住といっても広いテーマなので、少し絞って、移住者とまちのしあわせな関係について考えてみたいと思います。そういう関係ができると、どんな未来、まちがつくれているんだろう。楽しい未来のまちをたくさん見てきている堀口さんにぜひ伺ってみたいです。まず、全体の背景にある「移住に関心をもつ人」が増えていると思うんですが、実際どうなんでしょうか?
堀口 データでまとまっているものは無いんですけど、ふるさと回帰支援センター(東京・有楽町)などの問い合わせベースでは間違いなく増えています。とくに東京近郊は顕著。
西塔 都市部では20代の半数近くが、地方移住を考えているというアンケート結果もあります。そのための情報やサポートも増えている。でも、移住したあとの情報は、まだまだ足りていないと思っています。旅の計画と同じように、地方移住にも当然、行ってからの楽しさや大変さがある。移住した若者が、よそ者として地域に関わることで、具体的に何が起こっているんでしょうか?
堀口 まず、移住がゴールと思っている人が少なくなっている気がしています。当たり前のことだけど、移住って自分がしあわせになるために移住しないと意味がない。人生の通過点のひとつである移住を、どう設計するんだという風に考える人がすごく増えています。今の時代だったら他拠点居住もできるし、移住じゃない選択肢がたくさんあって、気軽に楽しむ人が増えてきているんじゃないかって感覚はありますね。そして、受け入れる側の人たちの意識も変わってきたなぁって。
西塔 例えば、愛媛県の西条市は、移住者の受け入れにすごく成功しているじゃないですか。西条市に来た人たちはどんなふうに楽しく暮らせているんだろうとか、どんなことが起き始めているんだろうかとか、何かご存知ですか?
堀口 西条市は徹底的に、移住して何をやりたいかをヒアリングしたうえで、「この人に会ったほうがいいよ」というのをカスタマイズして紹介してくれます。もうずっと、めちゃくちゃな手間をかけて、オリジナルツアーを実施しているまちなんです。移住したあとも、職員さんたちの寄り添う意識がすごく強い。事業や住居の相談に対しても一緒に考えてくれて、移住者が挑戦しやすくなっています。継業もうまくいっているし、チャレンジしやすい土壌がある。移住したあと、ちゃんと釣った魚にエサを与え続けるんですよ(笑)。
西塔 アフターサポートが手厚いところは、まだまだ少ないですよね。やっぱり、そういう部分をサポートしてくれるまちに人が集まるんですね。
堀口 西条祭りという有名な祭りがあるんですけど、移住者も中心の輪に入ってやっている。祭りがある10月から始まるカレンダーを移住者の方がつくったんですけど、このカレンダー、めちゃくちゃ売れています(笑)。移住者とまちのお互いがホスピタリティを持って、歴史とか文化に敬意を払いながら、つくっている気がするんですよね。
西塔 大事ですよね。釣った魚にエサをやる話だと、そのエサをちゃんと敬意を払って受け取る。「ありがとう」と言ってごちそうになる。お互いがリスペクトのある関係性が移住者と行政・まちとの間にもできているのが西条市ってことなんですね。
堀口 みんなが役割を認識してまちに入ってきているというか、やっぱり入る前の徹底的な寄り添い方から違う。事前にオンラインで面接をやって、本気で来たいのかを聞いたうえで「あの人に会いに行ったほうがいいよ」とか、一見さんが入りづらいお店の扉を叩いて連れて行ってあげるとか、つなぎ方が徹底しています。
西塔 すごく人間味のあるやり方ですよね。例えば、職員さんが自分の車に乗せてあげて、いろんなところへ行ってつないであげる。シンプルだけど、それが関係性を育んでいく。
西塔 移住して地域で起業した人たちがいますよね。よく聞くのはカフェやゲストハウス、農家。ほかに何かおもしろいものを教えてください。
堀口 山口県長門市の向津具(むかつく)半島で、日本酒の純米大吟醸「むかつく」を生み出した移住者がいます。もともと協力隊で、地元の人の酒造りが復活してほしいという思いから、棚田で獲れる食用米を使った酒造りをよみがえらせました。「むかつく」って地域の人は当たり前の言葉だけど、よその人からしたらシャレになるような地名だからおもしろいですよね。あと、高知県土佐市に「カツオのなまり節」っていう、高たんぱくで低脂質なソウルフードがあって。これに着目した協力隊で入った方が「超鰹力」という商品をつくりました。地元のカツオのなまり節が、世界中の筋トレマニアに愛されるように、がコンセプト。これが月に3万本売れているんですよ。
西塔 地域の象徴や伝統的な産業を、移住者の視点でちゃんと寄り添いながら、ビジネスをつくっていく。言葉にすると簡単だけど、想像するとすごく大変そうだなあと思います。
堀口 バイタリティがあるけど、優しさを感じます。あたたかいというか、やっぱり人が好きなんでしょうね。
西塔 そうした起業家の人たちがメディアに取りあげられる一方、いわゆる市井の人も移住している。地方移住が広く浸透してきていますが、取材されて感じていることはありますか?
堀口 市井の人は特集になりにくいんですけどね(笑)。秋田県鹿角市では、協力隊を卒業した人たちが定住して、移住者に寄り添うような受け入れ方をつくっているんです。それだけ人のつながりをうまくつくれる地域なら、大学進学とか就職を機に鹿角を飛び出してしまった若者たちに、地元にいる経営者のことをもっと知ってもらいたいと思ったんですよ。中小企業20社の社長さんたちにインタビューさせてもらって、動画をつくって、それを東京に出て行った人たちに見てもらおうと。ほとんどの参加者が「名前は知っているけど、こんな社長だったんだ」とか「こんな思いでやっているのか」と、そこで初めて知る。Uターン企画でやったんですけど、実はそれを見たIターンの人たちが「こういうところに就職したい」と言って、実際に移住して働くケースも生まれました。
西塔 わあ、それいいなあ!
堀口 地元で根を張ってうまくやっている経営者って世の中いっぱいいるじゃないですか。それを見える化すれば継業にもつながる。地元の企業情報の出し方を工夫することで、人が集まると僕は思っているんです。
西塔 移住と就職支援って別の物じゃなくて、もっとつながっていく可能性を秘めているんですよね。世の中の9割の人は就職して働いているわけなので、1割のフリーランスや自営業の人だけじゃなくて、雇われて働くという働き方がしたい人たちに向けて、情報を出していかないと。この話、すごく大事ですね。すてきな社長さんがいる地場産業の会社って、例をあげてもらえますか?
堀口 地域に根を張って酒造りをしている酒蔵だったり、あとはネジをつくっている会社やヘルメットをつくっている会社だったり。私の会社があるのは東京の有楽町なんですけど、有楽町の住民を慮って事業をつくっているわけじゃない。でも、地域の企業は地元の将来を考えながら事業をつくっている人が多い。しっかり住民のことも考えていて、そういう人のもとで働けるってやっぱりしあわせなことなんじゃないかなって思います。TURNSの読者をずっと見てきて言えるのは、業種はなんでもいいのかもしれないなってこと。
西塔 すごいことですよね。普通は何の業種でどんな働き方ができるか、そこから選ぶことが多いけど、地域を思って事業をしている社長に共感して「ここで働きたい」につながっている。
堀口 中村ブレイスという全世界の義肢をつくっている会社が島根にあるんですよ。その人その人で体形が違うから大量生産ができなくて。社員さんたちは生活と仕事の区切りとか関係ないくらいとにかく仕事する人たちなんですよ。でも学生に大人気で、世界じゅうの人を幸せにするんだ、障がいを持った方々を助けるんだって思いが共感されています。義肢をつくったことがある人なんてまずいないし、自分がやりたいって考えたことがなくても、経営者や社員の思いに触れると働きたくなると思うんです。そんな会社が、全国には相当あるんだろうな。
西塔 地方のおもしろい会社に就職しようという試みは過去にもありました。でも、なかなか起業家やフリーランスの地方移住ほどには盛りあがらない。僕自身がこういう仕事を始めるようになったきっかけは、震災復興のための会社を気仙沼で立ち上げたことで、それも一人の理事との出会いなんですよ。海産資源の加工会社の社長さんで、目線が四半期とか5年後とかじゃなくて、この地域の産業を50年後、100年後どう維持していくのがいいのか、すごく真剣に語られている。そういうスケールで事業を見ながら生きている人たちに地域は支えられているんだって、僕はそれを都会で就職する前に知ったから、東京にこだわることなく地方に来ることができました。
西塔 では、もっと一般の人、主婦の方や大学生、子どもたちが地域の中に入ってくることで、まちにどんな影響を与えているのでしょうか。
堀口 「数十年ぶりに子どもを見た」と、おばあちゃんたちが集まってきて、小さな子を囲んでワーッってなるんですよ。あんなしあわせな光景はない。ちょっと感動しました。東京だと子どもの手を離すと迷子になって大変ですけど、そういう地域だと「あそこで遊んでたよ」って情報が入ってくる。よく子どもが地域に移り住んで地元の人が若返るって言われていますけど、それは確実にあります。少し前に、うちの会社で隠岐島前高校(島根県海士町)の島留学の卒業生を採用したんですね。彼は島の人にすごく愛されていて、今もサザエが送られてきたり、仕事の相談がきたり。よくライフステージに合わせて選ばれる地域になりましょうって言いますけど、まさに一時期「学び」として関わったことで、離れていても関係性ができている。これがこの先もっと体系化して、地域が変わっていくきっかけになっていくと思います。
西塔 赤ちゃんには赤ちゃんの、高校生には高校生の地域にもたらすインパクトがあるんですね。それって希望ですよね。
堀口 学び方が変わってきていて、4年間デジタルでキャンパスライフを過ごすネット大学も現れています。子どもの人口は減っているけども、子どもに選ばれるまちになりたい地域ってどんどん出てくると思うんです。
西塔 子どもに選ばれたい地域っていいですよね!
堀口 はい、大人がかっこよくなります。言葉がベタだけど、がんばるんですよ(笑)。
西塔 協力隊になって移住するというのは、起業しなくても、成果を残さなくても、山の中の何十年も空き家だった家に住んでパッと明かりが灯るだけでも価値はある。それだけで、隣に住んでいたおばあちゃんは嬉しくてしょうがなくて。夜、家のカーテンを閉めるとき、ずっと真っ暗だった建物に電気が付いている。それが嬉しいって泣かれたんですよ。そこに人がいることの価値をつくるのは、別に起業家じゃなくてもいい。特別なことをやろうとしなくていいんだなあって思いました。
堀口 我慢するコミュニティじゃなくて、安心できるコミュニティにしたいですね。外から安心できるコミュニティを選ぶんじゃなくて、外の人が来ることで、地元の人が安心を感じられる。そんなことが起きています。
西塔 求める関係性の基本かもしれませんね。安心なコミュニティ、お互いがそう感じられる場所。起業家はともかく、一般の移住者の人たちはそういうコミュニティに属せているのでしょうか。
堀口 西条市や鹿角市の例で「寄り添っている」と話しました。例えば、子育て中の夫婦が移住して、旦那さんが夢を持ってやってきたときに、奥さんのコミュニティがあるかどうか。仕事も旦那さんと違ってチャレンジする必要はないから、全国どこにでもある携帯電話ショップの仕事を紹介するとかして、選択肢を事前に見せていく。すると、地域で自分が何をどう選んでいいかコツが分かるんですよ。最初に地域への入り方をしっかり教えてもらえると、そのあとがつながりやすい。
西塔 ふだん目に見えない、メディアには映らない行政職員さんたちのコーディネートや地域の方の見守りがあるんですね。そして、入ってくる人たちも与えられたものに対して敬意を持って受け取る。その結果としてできあがるゲストハウスやカフェだから存続していくし、地域の中で好循環を生んでいくんだと思います。
堀口 移住しなくても、地域の作法みたいなのを知ったうえで、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)みたいなのが広がっていくと、地域の人はより安心して人を受け入れられるようになっていくんじゃないかな。それはTURNSの役割でもあるんですけど。今日は「LiVES」の話から始めたんですが、自分のライフスタイルに合わせた住空間を手に入れましょうって、実はどう生きたいかという話なんです。TURNSにも「人生をターンする」つまりターンし続けること、学び続けましょうっていうメッセージがあって、2つのメディアは親和性が高い。一方、西条市の方に、移住者に寄り添うスタイルのことを尋ねたら「人生に一番高い買い物を仕掛けている営業マンでもあります。それは、家です。」と返ってきた。あ、そういうことなんだなって気づきました。
西塔 素晴らしい役場職員さんですね。移住者を受け入れる職務を、営業マンと”意義付け”をするっていいですね。そうやって自分の役割や仕事に、どんな意義を見出すのかで人生は変わってきますよね。移住者とまちのしあわせな関係も、そのあたりがポイントになりそうな気がしました。 堀口さん、本日はほんとうにありがとうございました。