2022

PROJECT10 | 島と人 隊員活動レポート

佐賀の離島暮らし1年生。変化を受け入れる濃密時間

長谷川晶規(はせがわあきのり)さん | 2022年度

長塩千夏(ながしおちなつ)さん | 2022年度

全国的にもイカで知られる唐津の呼子港から船で約20分。歩いても1時間ほどでまわれる玄界灘に浮かぶ小さな島。かつては捕鯨で栄えた小川島には、現在は50代から70代を中心に300人ほどが暮らしています。
そんな島に、2022年6月、2人の住民が加わりました。「七つの島の聞き書きすと」として着任した、地域おこし協力隊の長谷川晶規さんと長塩千夏さんです。

大阪出身で訪問看護やWeb制作などさまざまな経験を積んだ長谷川さんと、長崎県佐世保市出身で茨城の美術大学を出て関東でベンチャー系の出版社や美大に勤めていた長塩さん。2人のミッションは、地域おこし協力隊の任期である3年間で、唐津にある七つの島の記憶を収めたアルバムをつくることです。

陸とは異なる島独自の暮らしを実地で体験しつつ、近くて遠いそれぞれの島で伝えられてきた風習や文化、暮らしの知恵、料理、そこに暮らす人々のこと……、それらを「聞き書き」して記録にとどめるアルバム。島の未来のたからものをつくるおふたりを、小川島に訪ねました。

本土の呼子側の港から2人が暮らす小川島への定期船が運航している。

定期船はバス感覚、門限必須の島の箱入り生活

取材にお邪魔したのは1月下旬。小川島で出迎えてくれた2人は、すっかり“島の人”のよう。この7ヵ月の島での暮らしについて、ユーモアを交えつつ語ってくれました。

 

長谷川さん(以下、長谷川)  僕は2年半ほど広島の大崎下島という瀬戸内の穏やかな島で訪問看護の仕事をしていたのですが、こちらに移ってきて驚いたのは、日常に吹く風の強さでした。これまでだったら「これ外に出たらあかん風やん」というのがふつうに吹いてて。台風の時に船が出ないといったことは想定していましたが、この風にはびっくりしましたね。

長塩さん(以下、長塩) 私は島自体に住むのが初めてで、同じく風の強さにも驚きましたが、そもそも船に乗らないと外に行けないので、DIYで机ひとつ作るにも、木材の調達や運搬を考えないといけません。頭の使い方がちょっと変わった感じがありますね。大前提として定期船の時間から逆算して行動しないといけないですから。

絵を描くのが得意な長塩さんはDIYも好き。最初は戸惑ったという暮らしにもすっかり馴染んでいる様子。

長谷川 定期船はバス感覚で使っています。3島回って、1日に最高8回船に乗ったこともありますよ。島を出る始発が朝7時で、呼子から出る最終便が夕方6時なんです。門限のあるいいとこの箱入り娘みたいでしょ(笑)。とはいえ、間に合わなかったら問答無用で家(島)に入れてもらえないんですが。 車中泊もしょっちゅうしました。

長塩 私はけっこう車中泊好きですけどね(笑)。 島の住民は、本土に車を置いている人がほとんどで、私たちもそれぞれ呼子に車を置いていて、出かけるときに使います。朝早くに出て、帰りは夕方5時45分には港に着いておかないとと思うと、3時や4時くらいにはもうそわそわしています。1日といっても動ける時間が短いんです。県庁のある佐賀市や、県外に出るときは基本的に泊まりが多いですね。

長谷川 初めて九州に住む僕としては、近場の長崎や福岡の島にも行けることがうれしくて、お休みの日はしょっちゅう出かけていたんですが、船の状況によっては出ると帰ってこられなくなることもありました。家でゆっくりする時間も必要ですから、最近はお休みも島で過ごすことが多くなっています。

船の時間で動くことが当たり前になり、島の商店や購買で買えるもの買えないもの、たくさんもらってよく食べるようになった魚の調理のことなどをうれしそうに話してくれたおふたりからは、「不便も楽しむ」様子がうかがえます。

長谷川さんの家で島民のみなさんと夜遅くまで飲み会を開くことも。得意のたこ焼きをすっかり島のこどもたちに伝授したそうです。

「ききかき新聞」始めました。

現在2人は、毎月1回「ききかき新聞」を発行し、七つの島の住民たちに配っています。どうして新聞を島の人たちに配ることにしたのでしょうか。

長谷川 私たちのミッションとしては、最終的にはアルバムをつくることなんですが、七島ごとに一冊となるとアルバムが出来上がるというアウトプットまでに長いと3年近くかかります。そうなると、取材されて話を聞かれたけれど、なにも出てこないじゃないですか。それじゃあ何をやっているのかわからないでしょうし、実際まとめてみると、ここが足りないよね、といったところがわからない。それで、A4用紙1枚、表裏に刷った新聞を毎月出すことに しました。新聞に書ける情報は少ないですが、最終的にアルバムをつくるまでに肉付けする期間になったりもしています。

ききかき新聞とアルバムの見本冊子。見本冊子を各島ごとにまとめつつ、最後に七つの島の聞き書きアルバムを作る。

長塩 「自分たちは今月こういうことをしました」という島の人たちへの報告書を兼ねて新聞を配っています。原稿とデザインは交互に担当しているのですが、毎月10日前後くらいまで取材をして、そのあと原稿担当の人は原稿を書いて、デザイン担当の人に渡します。県庁の担当の方にチェックしてもらったものを、自分たちで島の全世帯分印刷をして、仕分けをしてということを25日までに行います。市政だよりが届いて配布されるのに合わせているんですが、それが終わったらまた次の取材へ、という感じで、いまは月のルーティーンができてきていますね。

長谷川 基本的に用があるときは島の人に会えるチャンスなので、「ききかき新聞」はできるだけ島の区長さんなどに直接手渡しするようにしています。地域とかかわることもお仕事なので、効率的に取材ができればいいというわけでもなくて。船の時間があるので失礼しようとすると、「次の便でいいやん」と言われることもあるんですが、呼び止めてくれるということは、親しんでくれているということなので、そういうことは大事にしたいと思っています。

島でおばあちゃんに、ききかき新聞を届けるとお返しにカマスのかまぼこをもらっていた2人。島では物々交換が日常なんだとか。

長塩 意外と3年間が長いようで短いと感じています。2人しかいないので、お盆や文化祭、お正月といった年間行事が各島で同時にあるときに、取材が間に合わないという根本的な問題にぶつかったり。そのあたりはなかなか難しいですね。

長谷川 フリーランスのような働き方ですけれど、最低限の給料が保証されていますので、おそらくフリーランスより甘い環境だと思います。そこは気を引き締めないとな、と思いながらやっています。

長塩 個人的には、2人いて本当に良かったなと思っています。2人でも七島あって間に合ってないということはあるんですが、それこそ独りだったら、進め方も気の引き締め方も考え方も行き詰っていたんじゃないかと。2人だと意見交換ができますし、お互いの目があるので、そこが助かっています。私は長谷川さんに比べて人見知りなので、先陣を切って進んでいく長谷川さんの後ろについていくことも多く、そういうところでもありがたいです。

島の人たちを訪ねて取材する「ききかき新聞」とともに、島の人たちに来てもらって昔の島の話を聴く「なんちゃってお茶会」などの取り組みも始められており、アルバム制作に向けて着実に進んでいます。

カマスの旨みと人のあたたかさがぎゅっと詰まったかまぼこ。

困ったときはお互いさま、自分ができることで返していく。

島には行政の出向所はありません。地域おこし協力隊の「聞き書きすと」として、基本的には自分たちで決め、それぞれに島の人々とのかかわり方を模索中の2人。濃密で長い7ヵ月は、さまざまな変化を受け入れる時間でもあったようです。

長塩 私は島に来るまで、人に迷惑をかけてはいけないという気持ちが強かったんです。自分が人に何かしてもらう、お世話になることに対してうろたえるというか。人からの親切を素直に受け取るということが最初は意外と難しかったりしました。お世話になることが当たり前だし、自分も相手が困っていたら助ければいいだけという、シンプルな話ですよね。そういうことが肌感覚で分かってきたというのがこの半年間の成果ですね。長谷川さんが着任してすぐ隣の家に突撃する姿には最初びっくりしました(笑)。

長谷川 ノックするだけですよ。そういう感覚は、前の島にいたときに身についたかもしれませんね。僕は用があるときしかしゃべらないというコミュニケーションは好きじゃないというか、仕事っぽいというか。ただ会ってただしゃべるということができたらいいなと。締め切り前に居座られて話されたらちょっとあれですけど(笑)。 これは夜できるな、と思ったらいまはもうコミュニケーションの時間と割り切ってしまえば、心は豊かですかね。田舎はそんな感じかなあと。

島には事務所がないので、お互いの家を事務所変わりに使いながら仕事をしている。和気あいあいといつも軽快な2人。

長塩 この半年と少しで、島民の1人になれてきたという感じはあります。まだまだお客様感は否めないんですが、島自体が一つの家族のようで、とてもよくしていただいています。親切を受け取ったり、自分もできるときに返したりすればいいと、頭でわかってはいても、それを実行に移す機会ってなかなかなくて。それを今、体験しているという気持ちです。環境をガラッと変えることで変化を期待していたところもあるので、いままさしくという感じです。

長谷川 毎日いろいろと新しいことがあって、濃厚で長かったという印象ですね。何か挑戦したいということが気軽にできるようになりましたよね。このオンライン文化の発展も、僕の地方移住を支えてくれたという部分も感じています。

物おじせず人懐っこい島暮らし経験者の長谷川さんと、地方都市出身で田舎暮らし初心者の長塩さんでは、島の人とのかかわり方にずいぶん差があったようですが、2人の軽妙なやり取りには、絶妙なバランスの良さがありました。

取材を終え、呼子へ向かう定期船に乗り込むと、おふたりもあちらに用事があるということでご一緒することに。慣れた様子で定期船のマット部分に座り込む2人に、島民としての日常と、たくましさを感じました。
これからの2年間でさらに「聞き書きすと」として経験を積んだ2人は、いったいどのようなアルバムをつくりあげ、どのような道を選ぶのでしょうか。その時を楽しみに、まずは2年後のアルバムの完成を待ちたいものです。

取材・文 池田愛子
※この記事は2023年1月取材時点のものです。

小川島の港には島民の漁船がたくさん停泊している。海を覗くと透き通った海底に魚が泳いでいる。

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