PROJECT06 外国人と友だち

ことばや文化の違いを理解する、 地域に住む外国人との架け橋

佐賀県庁 地域交流部国際課
多文化社会コーディネーター
北御門織絵さん

取材・文:庄島瑞恵

PROJECT 6

日本に住む外国人はここ10年で3倍近くに増えており、佐賀県でも増加傾向にあります。同じ日本人でさえ、新しいまちでの暮らしに慣れるのには時間がかかるもの。ましてや外国人が日本の暮らしに馴染むのには、どれほどの苦労をすることでしょう。

ことばや文化の違いから感じる小さな戸惑いは、生活の至る所にあります。ゴミの出しかたや、薬の飲みかた、子どもの学校教育など...。日ごろの関わりのなかで気軽に相談ができる日本人の友だちがいたら、小さな困りごとは大抵解決します。

佐賀県庁国際課の北御門織絵さんは、佐賀県ではじめての多文化社会コーディネーターとして、そうしたことばや文化の違いからできた距離を双方向から近づける仕事をしています。そんな北御門さんに、多文化共生への想いや魅力について聞きました。

若者でも、お年寄りでも、誰もが生活者のひとりであるように...

総務省の資料によると、多文化共生とは“国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的なちが
いを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと”とあります。(総務省:多文化共生の推進に関する研究会報告書より)

では、多文化共生を実現するためには何をすればいいのでしょう?

国際課には、韓国、オランダ、ベトナムから来た3名の国際交流員がいます。Youtubeで佐賀弁の特集動画を配信したり、いつもなごやかで楽しそうです。

北御門さん(以下、北御門) よく「郷に入れば郷に従え」って言いますよね?でも、ほかの国に来たからといって、自分のルーツやアイデンティティを変えなければいけないということではないんです。私も高校時代に2年間、アメリカに留学をしていました。海外に行って、郷に入ろうと努力はしたけれど、日本人であることを変えられるわけじゃないと気づいたんです。どう見ても日本人だし、言語も違うし、価値観も違う。違うということが良い悪いということではなく、海外で生活をすることで、日本人ということに誇りを持てるようになりました。

ある時、留学中の北御門さんが学校のカフェテリアで、ある生徒から差別的な暴言を言われ、言い返したところケンカになり、警備員が止めに入るほどの騒ぎになったそうです。学校の先生に呼び出された北御門さんは「どうせ外国人である日本人の私が悪いということになるんだ」と諦めていました。ところが、学校の先生は、北御門さんの言い分をきちんと聞いてくれたのです。色眼鏡で見るのではなく、一人の人間として向き合い、ケンカの理由を聞いてくれました。そのうえで「君は悪くなかったね。ちゃんと対応するので安心して勉強を続けてね」と声をかけてくれたそうです。

北御門 国籍が違うから待遇が違ったり、ことばの違いが理由で情報が届かなかったり(理解できなかったり)、公的サービスにアクセスできなかったりなど、それは社会としてあってはいけないと思うんです。多様性に富み、それらを地域の活力にできたら、社会がとても良くなると思っています。 多様な価値観を知り、お互いに理解し尊重することって、よく考えたら同じ日本人同士でも必要なことですよね。外国人だから、という理由でその人が持っている価値観や考えに蓋をして生活するというのは、国際化が進む社会において不自然なことです。 誰もが利用するコンビニのおにぎりやサンドイッチも、日本製の車も、野菜や果物も、多くの外国人労働者が携わって生産され、私たちの手元に届いています。どこかの大都市の話ではなく、私たちの身近な地域社会の話です。外国人の人たちもこの地域社会を担っている一員であり生活者です。「佐賀県庁として、佐賀県に暮らす誰もが、社会の一員として活躍でき、安心・安全に暮らすことができる社会を形成していく」ということ、そのための仕組みづくりが私たちに求められています。

どの国から来ていようとこの国で暮らす以上、生活者のひとりであることに変わりません。どうしたら、ことばや文化の違いを双方向から縮めることができるのでしょうか?

9種類の言語で発行されたゴミ出しパンフレット。やさしい日本語で書かれたものと読み比べると勉強になります。

「ことば」に求められること

北御門さんが多文化共生に関わるようになったのは、12年ほど前に現在の公益財団法人佐賀県国際交流協会(以下、県国際交流協会)で、仕事を始めたのが、きっかけだったそうです。当時は、さが国際交流フェスタや国際理解講座などの事業を担当しながら、英語での相談対応を担当していました。

北御門 県国際交流協会で働いていたときに、英語話者の外国人の方が病院に行きたいと相談に来ました。それで、英語圏に長く住んでいた日本人の通訳ボランティアさんに相談者と一緒に病院へ行ってほしいとお願いをしました。外国人患者さんからは感謝のメッセージをいただきましたが、同行したボランティアさんからは「医療用語は専門用語がたくさん出てくる。長く英語圏に住んでいて英語が話せるからといってなんでも通訳ができるということではない。ボランティアにとっては責任が重過ぎる」と言われ、結局その方はボランティアを辞めてしまいました。 それで、通訳ボランティアさんの病院への派遣をやめようかとも考えました。でも、「日本語がわからないから病院に行かない(行けない)」という人たちがいることに目をつぶることはできませんでした。この体験を機に、県内の医療機関と他県で医療通訳の派遣事業をしていたNPO法人と協働することができ、補助金制度を使って医療通訳サポーター養成講座を開講しました。事業なかばで県国際交流協会を離職しましたが、その事業は現在も県国際交流協会で継続しています。今では仕組みも充実し、外国人患者や医療機関からの利用も多くなっていると聞きます。 その事業に関わってくれた外国人の方は「普段は、第二外国語として日本語が話せる人でも、体調が悪い時にはことばが出てこなくなります。病気の時に自分がストレスなく話せる言語で意思疎通ができると本当にありがたい」と話してくれました。また、医療関係者も「診療に集中している時に、言語のことを考えるのは結構大変。ことばを心配しないでいいのは医療側からしてもありがたい」と話してくれたのが印象的でした。 外国人の方とのコミュニケーションは語学力ももちろん大切ですが、それと同時に、あらゆる場面でその人の立場に立って、どんな気持ちなのか、どんなサポートが必要なのかなどを想像し、立場やその奥に隠れた様子・状況に寄り添い、時にはその気持ちに共感し行動する総合的な力が求められるのだと思いました。

人口減少に伴い労働力不足が進み、外国人と共に学び、働き、暮らすことが当たり前の時代になりました。交流せずお互いに心を通わせないまま暮らすのか、地域社会の一員として共生し新たな活力を生み出すのか、全国のあらゆる地域で試行錯誤しています。選択次第で地域の未来も大きく変わりそうです。同じ地域に暮らしているのなら、みんなが笑顔で迎えられる明日のほうがよいのではないでしょうか

産休中も、外国人のお母さんを勝手に見守りボランティア

県国際交流協会で働いた後、北御門さんは出産育児のため離職しました。その後に北御門さんは大きなショックを受けたそうです。

北御門 産休に入って、すごくショックなことがあったんです。私は、今まで、子どもを抱えて切実な気持ちで相談窓口に来ていた人たちになんて薄情なことをしてきたんだろうと思って...。子どもを産み育てることがこんなに大変だなんて思っていなかったんです。もちろんその時は誠実に対応をしていたのですが...。日本人の私でさえ、こんなに大変なんだから、日本で子どもを産み育てる外国人は、もっと大変なんじゃないかと思ったら、いてもたってもいられませんでした。 それで、ショッピングモールやスーパーで、子どもを連れた外国人のお母さんを見かけるたびに声をかけるようになりました。絶対なにかに困っているだろうって思って!「怪しくないから、友達になろう!」って声をかけるんです。どう考えても怪しい人ですよね(笑)。でも私も当時は1歳~2歳児の我が子を抱っこしてたし、「あなたの子どもいくつ?」など共通の話題つくったりして。時には10人くらいの外国人のお母さんたちを相手に勝手に見守りボランティア、勝手に相談会、勝手に交流会などをしていました。 「困った時にはなんでも相談してね!」と声をかけたり、そうして友達になった外国人のお母さん同士をつなげて苦労のわかる者同士の輪を広げたり。

北御門さんは、外国人のお母さんたちとどんどん友達になっていったそうです。「みんな帰国したり県外に行って元気に生活をしていますよ。今でもときどき思い出したように連絡があります」と北御門さんは話してくれました。

北御門 話してみてわかったのは、ことばが違っても、文化が違っても、悩みは意外に変わらないということ。日本人のお姑さんとうまくいかないとか、お乳が張って出ないとか、離乳食の作り方がわからないとか、日本人でもよくある悩みですよね?でも、友だちとああでもない、こうでもない、そうだよね、そういうこともあるよねって吐き出したりすることで、ちょっとすっきりしたり、受け入れられるようになる。これって誰もが一緒なんですよね。 本当は外国人の子育てママパパが地域の子育てサークルに気軽に参加できるといいのですが、サークル情報が日本語だけだったり、ひとりで日本人の輪の中に入っていくということが難しく感じたりするのが現状です。また、サークルの主催者が外国人の子育て世代も意識しているところは少ないので、担当者が緊張してしまうケースもあり、ある時勇気を出して子育てサークルに行った外国人ママ友から「担当の人に話をしても、あまり話をしてくれず、目を合わせてくれなかった」と話していました。多文化共生に本当に必要なのは、気軽に話せる地域の友だちとそれを受け入れてくれる公的な場の存在なんだと思っています。

ひとりで抱え込んでいると、小さな問題がだんだんと大きくなってしまう。でも、気軽に話せる友だちが近くにいたら、それだけで意外にたくさんのことがクリアできる。ご自身のお子さんが幼稚園に入園するのを機に、佐賀県庁で多文化共生の新たな道を切り開くことになった北御門さん。彼女のように、日本で暮らす外国人と私たちを結んでくれる架け橋のような人が今後ますます必要となってくるでしょう。

さて、次のお話は、北御門さんのように外国人と地域を結ぶ「多文化コミュニケーションプランナー」のお仕事の募集の話です。「多文化コミュニケーションプランナー」とはどんなお仕事なのでしょうか?

取材・文:庄島瑞恵

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