PROJECT04 移住者の声と行政

幸せに暮らしている移住者がいるということが 何よりの移住促進。

NPO法人灯す屋 代表理事
佐々木元康さん

取材・文:庄島瑞恵

PROJECT 4

移住とは移り住むこと。ここ十数年の間に、移住という言葉はずいぶん世の中に浸透しました。少し前までは地方移住をするなんて変わり者! という見方が多かったように思いますが、今や首都圏では週末ごとに移住フェアや移住相談会が行われています。今回は、つながりを大切にする移住・定住者支援について、佐々木元康さんにお話を聞きました。佐々木さんは、平成27年に関東から佐賀県有田町へ、地域おこし協力隊(以下、協力隊)としてUターン移住をしました。任期終了後は、仲間たちと一緒に、まちづくり団体であるNPO法人灯す屋(以下、灯す屋)を設立。灯す屋では、空き物件の利活用推進や移住・定住支援などの活動を通して、まちの未来にあかりを灯す取り組みをしています。「まさか自分が佐賀に帰ってくるとは、これっぽっちも思っていなかった」という佐々木さんがなぜ佐賀に帰ってきたのか、佐賀の移住事情、これからの移住促進に必要なことを伺いました。

佐賀に戻ることはないと思っていたのに、Uターンを決意

佐々木さんは、佐賀で高校時代を過ごす中で「早く佐賀を出たい」と思っていたそうです。大学進学のタイミングで念願の関東へ。その後は、こどもの頃からの夢だった薬の研究開発に携わることができる大手製薬会社に就職しました。やりがいのある仕事をし、充実した暮らしをしていた佐々木さん。Uターンを考え始めたのは東日本大震災後の復興ボランティアがきっかけだったそうです。

佐々木さん(以下、佐々木) 自分にもなにかできることはないかと思い、復興ボランティアの手伝いを4年くらいしていました。自分は長く会社を休んで現地で活動することはできない。だけど、いろんな人に声をかけてボランティアを集めたり、物資を集めたり、ボランティアの人を車で送迎する役ならできるんじゃないかと思ったんです。当時は会社の同僚や大学時代の友人、いろんな人に声をかけ、月に1回のペースで南三陸町へでかけていました。何度も南三陸町と埼玉県のさいたま市を往復し、たぶん、100人は現地に連れて行っていると思います。 そのときに、町がほとんど流されてしまったのに、町を復興するために南三陸町にUターンする人たちがいたんです。その様子を見て、自分はふるさとのために何にもしていないんじゃないかと気づかされたんです。自分の育った町を大切に思い、再建していく姿にぐっと背中を押されました。 それで、もう戻ることはないと思っていた佐賀に、自分も戻りたい、ふるさとのために何かしたいと思うようになりました。 その頃はちょうど、子どもが生まれたタイミングで、のびのびと子育てしたいという気持ちも重なって。夜な夜な晩酌しながら地域おこし協力隊の最新募集情報をチェックするのが日課になっていました。

そして、夜中に見つけた有田町の地域おこし協力隊の求人に、熱い想いでそのまま勢いよく応募し、見事採用。念願かなって家族でUターンに成功したそうです。協力隊時代にはどんなことをしていたのでしょうか?

必要な情報を必要な人に。強みを見つけて発信する移住促進

協力隊として担当した業務は、移住支援と空き家の活用推進事業。といっても、誰かが移住支援や空き家の活用方法を教えてくれるわけではありませんでした。まちのために、移住を希望する人のために、いったい何が自分にできるのかを探っていったそうです。

佐々木 佐賀に移住といっても、東部と西部では暮らしかたが全然違います。県庁所在地のある佐賀市や福岡県に近い東部のほうは交通機関も発達していて、施設やお店も揃っているので暮らしやすいと思います。一方で、有田町がある西部は利便性が悪く、家族が安心して暮らし続けられる十分な給料をもらえるような仕事も多くはありません。だから、見方を変えて、有田や西部地区のありのままを「良し」と思ってもらえるような人のことをイメージして、移住のための情報発信をしたらいいんじゃないかと考えました。 有田は焼き物の町です。だからアートに興味があったり、ものづくりがしたいという方になら、焼き物屋が立ち並ぶような古くからの情緒ある街並みや文化を気に入ってもらえるんじゃないかって。だから、情報を発信するときもちょっと一風変わった情報を発信していました。たとえば、建物の思いがけないところに磁器の破片が使われているとか、川には昔の焼き物の破片がごろごろ落ちているとか。ちょっとしたことなんだけど、そういうところを良いなって思ってもらえる人に届けたいと考えていました。 空き家の活用もはじめてチャレンジしたのはアーティストやクリエイター向けのアトリエ付きシェアハウス。これは、陶芸を学べる窯業学校の生徒さんをはじめ、ものづくりをする方が有田にはたくさんやって来るのにその受け皿になるような住居がなかったからです。移住の相談を受ける時にも、その方が何を求めているのか、何をしたいのか、という部分を丁寧に聞き、オーダーメイドというか、本当に必要なことをつなげていけるように心がけていました。

有田町の裏通りにあるトンバイ塀。トンバイ塀とは、登り窯を築くために用いた耐火レンガ(トンバイ)の廃材や使い捨ての窯道具 を赤土で塗り固め作った塀で、窯業がさかんな有田町特有の風景をつくっています。

縁があって有田に来てくれた人に、いかに有田を好きになってもらうかを大事にしてきた佐々木さん。
他にも空き家見学ツアーや移住体験ツアー、「うちやま百貨店」という街なかの空き店舗、空き地を活用したマルシェなど…協力隊時代はとにかくいろんなことにチャレンジしたそうです。そのうちに、まちの人と溶け込み、仲間を増やし、段々とまちづくりが楽しくなっていったそう。そして、このまちづくりをもうすこし、仲間たちと一緒に続けるために佐々木さんは灯す屋を立ち上げました。

灯す屋のメンバーは全員、地域おこし協力隊経験者。いつも楽しそう。

これからの移住に必要なのはスーパースターよりも…

灯す屋の事業の1つに佐賀県庁からの委託を受け3年連続で開催している「MEETUP! SAGA」という移住定住促進の企画があります。「MEETUP! SAGA」は、移住に関わる3つの立場の人をつなぐ移住交流イベントです。移住を検討している人、移住してきたばかりの人、地域にずっと暮らしている人、それぞれの立場にある課題感を掘り下げることで移住定住を促進する。この企画には佐々木さんと仲間たちの移住に対する深い想いが込められています。

佐々木 移住促進によくあるのが、移住者のモデルとなるようなキラキラした人の情報を発信するというスタイルです。それが決してダメなわけじゃないんですが、僕はそういうスタイルにずっと疑問を感じていました。なぜかというと、まず、移住というワード自体が地域から切り離されている感覚があったからです。 移住してきた人は、その土地で暮らしていく以上、必ず地域の人との接点が生まれます。どの立場の人もどうやって知り合い、どう繋がっていくかって絶対大事なことだと思うんです。だから、移住促進をする上では、地域の人と移住してきた人、これから移住したい人が出会えたり、溶け込める環境や場づくり、きっかけづくりがとても大切だと思っています。 それで、この企画では毎回県内の異なる場所でイベントを開催するようにしています。どんな人をイベントに集めるかというよりは、その土地の移住者や地域の人が抱える課題を掘り下げたうえで、それを解決するためにどんなアクションを起こせばいいのかを話し合ってかたちにしています。

たとえば、基山町で開催したときには、旦那さんの仕事の都合から佐賀で暮らすことになった主婦、という具体的な話を元にイベントを考えたそうです。事情があって佐賀に移住したけれど、地域でなかなか友達ができないことが悩みでした。

どうしたら、彼女が今よりちょっと幸せに佐賀で暮らせるのか?それを考えることで、その地域にいるであろう同じような立場の人もフォローできるきっかけになるのでは?と考えたそうです。

佐々木 この時は、同じく基山に移住してきたタイ人の女性から教わるタイ料理教室のイベントを、地域の人にも移住者にもこれから移住したい人にも参加してもらって開催しました。このイベントのあとも、自分たちでまた料理教室を開いたりして、仲良くなった人との交流が続いていると聞いています。嬉しいですよね。 移住をするとか、地域の一員になるってことには派手なものはいらないと思っています。スーパースターのような移住者ばかりがいるわけじゃないんです。僕はただ、そこで暮らす人たちが幸せな日常生活を送れればいいと考えています。そして、そうやって幸せな暮らしをしている人がいる、ということ自体が次の移住につながると思っているんです。

ときには来訪した方と町を散策します。トンバイ塀を紹介する佐々木さん。

これからの移住に必要なのは、キラキラしたことよりも、暮らしそのものの豊かさや、幸福感なのではないかと佐々木さんは教えてくれました。
移住したばかりのころは、思い通りにならないこと、不安などもあるかもしれません。しかし、それをサポートしてくれる仲間がいれば、心細い日々は大きく変わるはずです。

さて、次の記事は、そんな佐賀での暮らしを楽しむ移住者たちの声を県庁の移住支援室に届けるお仕事の話です。地に足の着いた移住促進とはどんなことなのでしょうか?

取材・文:庄島瑞恵

採用情報はこちら

Topページへ