2023

PROJECT10 | 島と人 隊員活動レポート

島の歴史や想い、生きた証を後世に伝えたくて

長谷川晶規(はせがわあきのり)さん | 2023年度

長塩千夏(ながしおちなつ)さん | 2023年度

唐津市・玄界灘に浮かぶ7つの島。美しい海と自然に囲まれた島では、50〜300人ほどが各島で暮らし、それぞれの歴史や文化、伝統を受け継いできました。しかし、毎年少しずつ人口が減少し、その記憶が薄れつつあります。そこで、各島の歴史や暮らしをまとめてアルバムを作成する「七つの島の聞き書きすと」として、2022年6月から2人の地域おこし協力隊員が、実際に小川島で暮らし、島を巡りながら話を聞いて回っています。

1人は大阪府出身で優しい関西弁が耳に心地よい長谷川さん。離島医療をテーマにしたドラマに憧れて看護師となり、島という地域性に深い興味関心を持っています。もう1人の長塩さんは、茨城からの移住ですが、出身が長崎県佐世保市ということで、故郷に近いことも魅力として着任されました。美術大学を卒業し、出版社や美大にも勤めていた経験があり、イラスト作成なども得意としています。2年目を迎え、抜群のコンビネーションでアルバム制作を進めているお2人に会いにいきました。

島だからこそ縮まる人との距離。運命の出会いも!?

小川島での暮らしも1年を過ぎ、島の皆さんとの距離も縮まってきたという2人。魚を手できれいにさばく様子を見せてもらったり、「イカの生簀(いけす)見にくるかー?」と声をかけてもらったりと気軽に声をかけられる機会も多いそうです。
今回は、宝当神社で有名な高島でお話を伺いました。島の人と会えば気軽にあいさつを交わし、地図を見なくても迷わずに目的地へと進む頼もしい背中を追いかけます。

長塩さん(以下、長塩) 島暮らし自体に慣れてきて、ホーム感がでてきましたね。休暇が終わって島に戻ったときに、「帰ってきたー!」と思いました(笑)。それにこの1年でだいぶ厚かましくなりました。島のほとんどが顔見知り、というのもあるんですけど、他の島でも関わり方が肌感覚で分かってきました。初対面ではあまりずかずか行かないようにはしていますが、それだと取材が成り立たないので聞きたいことがあったら、「こんにちはー」と行きますね。それで嫌がられたこともないという、信頼があるからですけど。 私は思ったよりこっちの暮らしはいいな、という感じです。長谷川さんの方が来たばっかりはホームシックだったよね?(笑)

自分でも見様見真似でアジをさばくようになったという長塩さん。うまくはないけど、与えられたらできるようになるものなんだと気づいたそうです。

長谷川さん(以下、長谷川) 言ってる言葉は分かるんですけど、語尾がほんまに分からなくて、YESなのかNOなのか分からないからだまっていたんです。英語だったらネット検索すればいいけど、検索しても小川島の方言は出てこないでしょ。分からないなりに言葉を返すようにしたら、優しい言葉や言い回しを変えて話してもらえるようになりました。今ではすっかりホームですが(笑)。

長塩 最近、島の人から「長谷川君結婚したから寂しくない?」ってすごく言われます(笑)。大丈夫、私にも友達も夫もいるから、と思うのですが……(笑)。

長谷川 「佐賀は婚活で来たんで」と冗談で言ってたら本当にそうなり、1年目を迎える直前に入籍しました。奥さんは僕より先に小川島の学校の先生として島に赴任していました。島暮らしという面では僕より少し先輩です。島ってみんなで仲が良くて、助け合いの精神があるんですよね。最初は特別仲が良かったわけではないんですが、子どもたちや先生たちとバドミントンしたり、島のみんなで仲良くしているうちに価値観が合って惹かれました。お互い島の暮らしを知ってることは1つの要因になったし、島で出会っていたからこそ結婚に踏み切れたんだと思います。

なんと島での出会いが人生の大きな転機をもたらしたようです。雄大な自然に囲まれた島という環境が、価値観を変えてくれたのかもしれません。すっかり島の人になってきた2人はアルバム作りの方も順調のようです。

仲間たちに見守られる中、佐賀の祐徳稲荷神社で結婚式を挙げた長谷川さん。小川島でもお披露目飲み会を開催したそうです。

「これ私やわ!」と喜ばれる身内向けアルバム

2人は着任直後から活動の様子を知ってもらうために、毎月「ききかき新聞」を発行しています。島を回って聞いたことや体験したこと、旬の話題などをまとめ、A4サイズ両面に印刷し島の全戸に配布しています。島同士の交流がほぼないため、隣の島のことが分かるだけで嬉しいとおばあちゃんたちにも好評。さらに、アルバムの見本を作成したことで、古い写真を探してくれる人や今まで行ったことがない場所に案内してもらえるようになるほど、協力者も増えてきました。どんな想いで取り組んでいるのか、普段のお仕事の様子を伺います。

長塩 仕事を聞かれたら「七つの島のアルバムを作っています」と簡潔に答えています。よく島に人を呼び込むための広報物を作っていると思われるんですけど、そうじゃなくて、かなり身内向けの卒業アルバムに近いと思います。取材をしていて、人口が減っていく事実は悲しいけど、それはそれで仕方ない、と島の人が受け入れる姿勢があることも感じます。なくなっていくものを受け入れる手伝いをしているような。まだまだ島での暮らしは続きますし、すぐに島がなくなるわけではないのですが、島の記憶や記録がなくなる前にそれをとどめていくような仕事です。

長谷川 去年の6月から3月までの間に、各島何があるのか歩いてリサーチしていました。その1年間でも聞いたことや知ったことがたくさんあるので、アウトプットするために、ベースとなるサンプルアルバムを小川島で作ったところ、B5サイズで40ページくらいになりました。写真を並べて、聞いたことを書いているだけなんでクオリティは全然低いと思うんですけど、みんな懐かしんで見てくれています。

島民の皆さんの思い出の写真や島の歴史が詰まったサンプルアルバム。とてもサンプルには思えないクオリティです。

長塩 今年度中に残り6つの島のサンプルアルバムを作るのが目標なんですが、時間が足りないですね。歴史は情報があるところをスタートにして年表を作り、聞いたり調べたりしてまとめています。文字より写真が喜ばれますね。小さい写真もじっくり見て「この人はどこのおばあちゃん」とか「これ私やわ!」と盛り上がります。個人の頭の中に残っている島への記憶や思い出も、本で残っていた方が懐かしめると思うんですよね。

長谷川 2年目は慣れて単独行動が多いです。今はアルバムの制作は作業を分担していて、編集を長塩さん、写真や情報収集などの取材を僕がメインにやってます。島で取材をするときは、事前にアポをとることもあれば、いつも顔を出すところや人を順々に巡ったり。その中で人づてに新しい人を紹介してもらうこともあります。最初のころは空振りも多かったけど、最近は島に行きさえすれば当たりますね。なんかギャンブルみたいですけど(笑)。ふらっと行っても向こうが警戒しなくなっていたり、顔見知りが増えたからか、前よりディープなところに連れて行ってくれることもありますね。

長塩 いつも体当たり取材ですね。ガチガチに行っても欲しい情報はくれないので。そういうものかと。

制作中のアルバムを開くと、長塩さんが描いた素敵なイラストが地図を飾っていました。さらに島民ならではの出来事が記された年表には、人びとの暮らしの歴史がしっかりと記され、運動会や文化祭の弾けるような笑顔の写真など見ているだけでわくわくしてきます。2人のお互いへの信頼感、島で暮らす人たちとのつながりが島の宝物を紡いでいるようです。

毎月発行している「聞き書き新聞」も徐々に島民さんに浸透しているようです。取材に行くと「これが新聞に載るんですか!?」と食い気味に聞かれることもあるとか。

主役は島の人。試行錯誤の日々。

取材に行く時、長谷川さんは皆さんに提供いただいた何百枚もの写真を抱えていくそうです。写真を拝見すると、いつのどんな写真か丁寧に説明が書かれていました。自宅のアルバムにしまわれていた写真を「聞き書きすと」の2人に託すことで、島の、みんなのアルバムの1枚にしてほしい、そんな期待のようなものが伝わり、2人の使命の大きさを感じます。その思いに応えるため、大切な写真を収納した6㎏もあるアルバムを携えて今日も島を巡ります。

長塩 7島分のサンプルが完成したら、いよいよアルバム制作の本作業に入っていきます。サンプルを元に、整合性を高めたり情報を追加するなど、やることは多そうです。

長谷川 サンプルアルバム作ったときに、イメージはあるのにそれが形にできなくて苦しみました。でも、締め切りはくるし。もがいた結果が最初の小川島のサンプルアルバム。まだまだ何もできないんだなってことを身に染みて感じてます。台風とかのトラブルはどうにかなるけどこればっかりはそうはいかない。やっぱりいいものにしたいじゃないですか。

いいものにしたいからこその産みの苦しみを抱えながらも2人はいつでも楽しそう。島で暮らす人々とその歴史に寄り添いながら日々歩いている。

長塩 アルバムを見たことで「そういえばこの島にもこういう文化があったね」とか「これをなくすのは惜しいよね」という気持ちが少しでも生まれたらアルバムとしての存在価値は大きいかなって。そこまで行けたらすごい。広報ならよそ者の私たちが見て面白いところを撮ったらいいってターゲットが想像できるけど、意外と島の人ってなると、私自身が生まれも育ちも外の人間だから、何が懐かしいと思うとか、何が喜ばれるって、分かるようでまだ分からない。反応を見て、後から答え合わせをすることが多いので、最終的にちゃんと喜ばれるものを作りたいなぁとは思うんですけど。

長谷川 あとは、クスって笑えるようなものにしたいですね。だって、島の歴史書とかめっちゃ読むんですけど人生で初めてですよ、こんなに文字が多いの読むの。午前中に島行って、帰ってきて3時とかに読むと全く頭に入ってこーへんし。ずっとこのページやん!って(笑)。まぁそれはそれとして、島民の皆さんにはクスって笑ってもらいたいなって思います。

七つの島と聞き書きアルバムに、たくさんの想いを載せながらも自分たちの存在は、そっと編集後記にしか残さない。主体はあくまで「島の人」だから、と話す2人。試行錯誤を重ねて作る「島の人が主役」のアルバム。それを手にして笑顔を輝かせる島の人たちの姿が目に浮かぶようです。完成が待ち遠しいです。

取材・文 眞子紀子
※この記事は2023年8月取材時点のものです。

 

(参考リンク)
・佐賀の島アルバム製作委員会(@saganoshima

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