2022
PROJECT03 | 暮らしと交通 隊員活動レポート
「くらしのモビリティサポーター」は地域社会で暮らす人びとにとって最適な公共交通を計画する仕事です。2021年12月、茅ヶ崎から移住してきた木村さんは、「くらしのモビリティサポーター」として、どんな活動をしているのでしょうか?
佐賀県庁地域交流部さが創生推進課に所属し、暮らしの移動手段の確保や推進を担当する木村さん。「くらしのモビリティサポーター」として公共交通の中でも地域交通と言われる分野に取り組んでいます。改めて地域交通とはどんな交通手段なのでしょうか? 木村さんの仕事内容と合わせて聞いてみましょう。
木村さん(以下、木村) 地域交通というのは、分かりやすく言うと、生活に密着した交通のことです。たとえば、ご年配の方が買い物や病院に行くときや、お子さんが家族の送迎ではなく自身で通学するときに、コミュニティバスや乗合タクシーを使ったりとか。そもそも普通の交通と何が違うのか? というのも定義として難しいですよね。どの公共交通も生活と関わってはいますが、より生活に密着しているイメージを浮かべると近いと思います。
私の仕事としては、大きくいうと2つの方向性があります。1つは、地域交通が整備されているエリアで、既存の交通の見直しを行い、収益性とのバランスを取りながら利便性を高めること。もう1つは、何も交通の整備がなされていない公共交通空白地域と言われるエリアで、「そこに必要な交通は何だろう?」というところから住民の方や行政の方、バス・タクシーといった事業者の方などと話し合いや調整を重ねながら、最適な交通を見つけていくということです。
木村 1年目はとにかく佐賀県内のありとあらゆる既存交通に乗って、乗って、乗りまわりました(笑)。運転手さんが情報を持っていることが多いので、運転手さんから利用者数や客層、希望などたくさんの話を聞きました。
車内は心理的安全性が保たれた居心地の良い雰囲気であることが多いので、乗客の皆さんに気を遣わせないように挨拶を心がけたり、運転手さんに気楽に話してもらえるよう行政の人っぽさを消したり、いろいろな工夫をしました。時にはバスの中で運転手さんと自分しかいないときもあったり。若い人が乗るのは珍しいみたいで、割とすぐに仲良くなれることが多く、ありがたかったです。もちろん、運転手さんだけでなく一緒になったお客さんともいろんな話しをしました。また乗車して終わりではなくて、県庁に戻ってから総まとめや分析を行い、同じ係のメンバーに共有をしています。
県内の交通機関事情を知るために、まずは実際に公共交通を利用することからスタートした木村さん。現場に飛び込んでいき、机上では得ることができない「生きた情報」を吸収しているようです。
木村さんの仕事は県域で地域交通のことを考えることですが、1年目はより深く現場を知るために、基山町に飛び込んだそうです。そこではどんな気づきや出会いがあったのでしょう。
木村 より深く現場を知るために、どの地域に入るかとても迷いました。基山町を選んだ決め手になったのは、基山町には路線バスがなく、タクシーかコミュニティバス(以下、コミバス)しかないという環境でした。コミバスが地域交通の主役だったら、コミバスを主導する行政の方とも、それを利用する住民さんともやりとりがしやすいし、何かアクションを起こせるきっかけが掴みやすいと思ったからです。
まず、基山町役場の交通担当の方からお話を聞き、許可をいただいてから、実際に住民さんの声を聴くためにイベント出展をしました。そこで、基山町の生活支援コーディネーターさんと出会いました。“生活支援コーディネーター”というのは、地域の「住まい・医療・介護・予防・生活支援」をつなぐ役割を持った仕事で、各市町村に配置されています。生活支援コーディネーター(以下、SC)さんは地域の高齢者の情報もたくさんお持ちなので、SCさんとつながることで、交通と福祉分野の連携も考えられるようになりました。
木村 SCさんとつながったことで少しずつ基山町の地域交通にも変化が生まれています。 最初に取り組んだのは、基山町のSCの皆さんにコミバスのことを知ってもらうことでした。SCさんがコミバスに詳しくなることで、普段SCさんが接する高齢者の皆さんに少しでもコミバスの使い方や魅力を伝えてもらえたら……という狙いがありました。
そこで、SCさん向けのコミバス乗車体験会を行い、その後、役場の交通分野と福祉分野の皆さんに集まっていただき座談会を行いました。私には気付けないSCさんならではの視点から、コミバスの魅力や改善点を洗い出す貴重な機会となりましたね。
そのうちのおひとり、名倉さんが、その翌月にコミバスツアーを企画してくださっています。ただ乗車体験を行うだけでなく、基山町の魅力ある場所にコミバスで行ったり、参加者でランチをしたり、買い物をしたり……町内の地域資源とコミバスをつなげるという目的も持っています。
きっとここでも、住民さんの小さな声がどんどんと出てくる気がしています。この声により地域交通は変わっていくので、皆さんに自分事化してもらう機会をつくっていきたいです。
生活支援コーディネーターと、くらしのモビリティーサポーターがつながったからこそ生まれたちょっとした変化。このちょっとした変化が少しずつ地域を元気づけていくのではないでしょうか。
実践を通して地域交通や地域、そして、そこで暮らす人々への理解を深めていく木村さん。その中で新たな気づきがあったようです。
木村 半年くらいで気づいたのは「1人じゃ無理だ」ということでした。1人で県内の20市町すべてを抱えることはできない。だから、「仲間を増やそう!」と考えるようになりました。仲間を増やすと言っても最初から「くらしのモビリティサポーター」を増やすということではなく、生活支援コーディネーターさんや区長さん、民生委員さんといった、住民さんと近い地域のキーパーソンたちに今より少しずつ地域交通のことを知ってもらうだけでも十分その機能を果たせると考えています。
もちろん、各地域に「くらしのモビリティサポーター」がいたら最高だけど、結局は「くらしのモビリティサポーター」だけではうまくいかない。いろんな分野と地域交通をつなげていくことで結果として課題が解決していくんだと思っています。
木村 地域交通の問題を、地域交通の分野だけで頑張らなくてもいい。住民さんが困ったときに相談に乗ってくれる地域交通にもちょっと詳しい「くらしのモビリティサポーター」的な人をそれぞれの地域に増やしていく仕組みを作ることを考えています。
私1人がどうこうするというよりも、3年間の任期を終えても続いていくような仕組みをつくることが、県庁勤務の私の仕事だと考えています。だから、いろんな分野の中に地域交通という視点をプラスしていけるような「仲間を増やす」仕組みを思案中です。
木村 2年目は他にも、時刻表をわかりやすい優しいデザインにしたり、地域交通をゼロから導入していく市町があったら、住民主体で地域交通を構築していくサポートをしたりといったことにも挑戦したいです。
それから、市町の担当職員さんとももっと仲良くなって、ちょっとしたことでも気軽に相談してもらえるようなポジションになりたいです。というのも、市町の担当職員さんは、地域交通以外の業務を兼任されていたり、前任者が近くにいない場合は一人で課題を抱えてしまったりといったことが多いからです。ただでさえ、地域交通は、わかりやすい正解がない分野なので、少しでも担当の皆さんがポジティブになれるキッカケを作りたいです。また市町担当者同士の横の繋がりもつくりたいです。県域の担当として、情報交換や悩み相談、事例紹介など、みんなで一緒に佐賀県の交通をよくしていけたら良いですよね。
地域のキーパーソンと連携することで、点ではなく線、線から面での解決ができると気づいた木村さん。地域交通と人、様々な分野をつなげることでどんな化学変化が生まれるのでしょうか。これからが楽しみです。
取材・文 庄島瑞恵
※この記事は2022年10月取材時点のものです。