PROJECT02 里と人

なんでもない草むらが宝ものに 受け継ぎたい山菜料理

山野菜料理のお食事処「森の香 菖蒲ご膳」
西要子さん

取材・文:池田愛子

PROJECT 2

取材に伺った6月は、梅の実を仕込む、いわゆる「梅仕事」のハイシーズン。山野菜料理のお食事処「森の香 菖蒲ご膳」(以下、菖蒲ご膳)では毎年「梅のさしす漬け」を行うそうです。砂糖、塩、酢を使って仕込んだ梅たちは1年を通してさまざまな形でお料理に使われます。「梅仕事」といえば、梅干し、梅シロップ、甘露煮、梅醤油…はよくありますが、私が驚いたのは、梅シロップを漬けこんだ後の梅をきざんでつかった梅味噌! お昼にいただいた菖蒲ご膳懐石に出てきた梅味噌ダレがびっくりするほど絶品でした。胡麻と梅味噌を混ぜた特性ダレが地元のお野菜のみずみずしさを引き立て、さわやかで濃厚な味わいを醸し出していました。
「とっても美味しいです! どうやって作ったのですか?」と尋ねると優しく穏やかな声と笑顔で作りかたを教えてくれるのは、菖蒲ご膳を立ち上げた西要子さん。「企業秘密なんかありませんよ。どんどん聞いて、どんどん真似してください」と笑います。西さんにとって、山菜料理に興味を持っている人にその秘密を伝えることは、楽しみでもあり、応援してくださっている皆さんや山の恵みに対する恩返しでもあるそうです。

西さんの、山菜料理への思いや、ちょっとしたコツ、菖蒲ご膳を立ち上げることになったきっかけを伺いました。

今回お話しをうかがった西さん

春だけが山菜料理ではない。春夏秋冬の山の恵み

菖蒲ご膳の名物は、何と言っても山菜の天ぷらです。山菜の天ぷらといえば、よく耳にするのは春の代名詞のような「タラの芽」や「フキノトウ」。ところが、菖蒲ご膳では春だけでなく、夏でも秋でも冬でも、季節を問わず必ず7種の山菜とその季節のお花の天ぷらが出てくるのです。

西さん(以下、西) 実は菖蒲ご膳を始めたのは1月だったんです。自分でもどうして冬の何もない時期に始めるのかと思ったのですが、何もないことはないんです。一番何もないと言われる季節だからこそ、はじめがいがあると思って、冬に試食会をはじめました。 冬には花なんて咲いていないと思うかもしれませんが、ヤブツバキの花を天ぷらにして食べることができるんですよ。それはそれは美しい赤色が映えます。山の恵みという言葉をよく使うけれど、本当に山はたくさんの恵みをいつもわけてくれます。何もないと思っても、山をまわっていると、どの季節でも、どういうわけか必ず何かがあるんですよ。 例えば冬の季節に、お食事に彩りが足りなくて、果物のようなみずみずしくて色の鮮やかなものが欲しいと思ったときがあったんです。どこにもないと思ったけれど、どうしてもあきらめきれずに山に入ると、ふと真っ赤な冬イチゴが足元にたくさん実っていたんです。ああ、これだ! と思って見つけたときのうれしさは今でも忘れられません。

そう語る西さんご自身も少しずつ山菜のことを学びながら菖蒲ご膳を作り上げていったそうです。本を読むのはもちろん、何がどこに生えているのか、昔から伝わる調理方法や民間療法にはどういったものがあるのかを調べてみる。一つひとつ一歩一歩、たくさんの方に協力してもらいながら菖蒲ご膳をつくってきたのだと、西さんは楽しそうに惜しみなく話してくださいます。そんな西さんですが、菖蒲ご膳のはじまりは順風満帆なことばかりではなかったそうです。

なんもなか? いいえ、私たちには草があります!

菖蒲ご膳は、佐賀市富士町の菖蒲地区という31世帯の山間の小さな集落で平成7年に始まりました。高齢化による過疎化や土地への愛着、誇りの消失を案じた集落の女性たちが公民館に集まり、山菜料理を学ぶ「山野草料理愛好会」を立ち上げたことがきっかけだったそうです。

ところが、周囲の反応、特に身近な人たちの反応はなかなか渋いものでした。実は、山菜は東北地方で食べられることが多く、九州では山菜料理そのものになじみが薄いのです。加えて、高齢の方は戦中戦後のもののない時代に野菜の代わりに山菜を食べていた記憶が残っており、山菜は暮らしが厳しいときに食べるもの、というイメージが今でも強く残っています。「なぜたくさん美味しいものがあるなかで、わざわざ草を食べなければいけないのか」と多くの人が疑問を抱くのだそうです。
佐賀弁で言うと、「草ば食べるとや(なんで草を食べるんだ?)」と、眉をひそめる人が多かったそうです。

西 もちろん、作り手の私たちも最初は半信半疑でしたよ。その辺の草を摘んできて食べさせてお金をとるなんて! と言われたこともありました。みんな山の中のどこにでもある草に何の価値があるのか、と思っていたんです。 でも、月に1回の公民館での試食会を重ねていくうちに、参加者が増え、集落の外からもわざわざ私たちの摘み草で作った山菜料理を食べに来てくれる人が増えてきたんです。外の人に認められることで、みんなの意識が徐々に変わっていきました。 たとえば、つる性で畑の厄介者とされていた「シオデ」も、いまでは満面の笑みで「あったよ!」と、おばちゃんたちが宝物を抱えるように菖蒲ご膳に持ち込むようになったんです。私はそれが本当に嬉しくて。ただの草が私たちの宝ものに変わっていったんですよ。 私も含めて「なんもなか」と言っていた菖蒲地区の女性陣たちが「私たちには草がある!」と誇りを持って伝えられるようになった。これが何よりの地域への貢献であり成果だと思っています。

公民館ではじめた「山野草料理愛好会」は、平成21年に山菜料理のお食事処「森の香 菖蒲ご膳」として、嘉瀬川ダムのほとりにお店を構えました。今では九州で山菜料理といえば、菖蒲ご膳と言われています。遠方からもたくさんのお客さんが訪れますが、摘み草でつくれる山菜料理を教えてほしい、という声もたくさんかかるようになったそうです。もちろん西さんはそんな時には、喜んで! と山菜の秘密から、山菜を摘むときのマナーまで惜しみなく伝えに行っています。
さて、そんな菖蒲ご膳の人気の理由の1つは、実は、おばちゃんたちの小気味いい佐賀弁で語られる山菜のお話にあると西さんは話してくれました。

受け継ぎたい。小味のきいた現代の魔法

「これはツユクサ、こどもの頃はよく染物したりしてあそんだでしょう? ツユクサは朝採っても昼頃には花がしぼんでしまうんですよ」
「ウドは葉っぱだけでなく、皮をきんぴらにしたり、秋までずっと使えます」
ツユクサや、ウドの葉にユキノシタ、アザミ…。菖蒲ご膳では、一つひとつ丁寧に、西さんをはじめとした厨房に立つおばちゃんたちがお料理に使った山菜のお話をしてくれます。その表情は生き生きとして、いかにも楽しそう。時に冗談を交えながら話す様子はベテランのバスガイドさんも顔負けです。

西 お客さんの中には、おばちゃんたちの山菜の話を楽しみに足しげくお店に通う方もいらっしゃいます。ただ山菜を食べていただくだけではなく、野草やお花の話まで含めてが、うちではお料理だと思っています。

この日のお食事に入っていた山菜の女王と呼ばれるシオデ。見た目や味わいがアスパラガスに似ていますが、実際に食べ比べてみると、アスパラよりもしっかりとした歯ごたえがあり、噛むほどに甘みがあって非常に美味しいのです。豊かな香りや独特の食感。苦味や青臭さはなく、味そのものが「濃い」ように感じました。

この違いを表現する言葉をなかなか見つけられなかったのですが、西さんがそっと教えてくれました。

西 私たちは、それを“小味(こあじ)がある”と言うんですよ。

なるほど! “小味がある”とは、なんと小粋でぴったりな表現なんでしょうか。他では味わえないおばちゃんたちのお話と、小味のある山菜料理を求め、たくさんの人が菖蒲ご膳に足を運ぶのです。

「その日の菖蒲でしか味わえないもの」を一品一品丁寧に仕上げ、菖蒲ご膳の料理には、“旬”がこれでもかと詰め込まれています。真夏には何が食べられるのか、秋はやっぱり栗ご飯なのか…それぞれの季節にどんなものが食べられるのだろうかとわくわくします。

西 何にもないと思っても、お店の周りを少し一緒に歩くだけで、あら、ここにはノカンゾウが、ここにはヨモギが…といろいろ見つかるんですよ。

西さんのお話は、うっとりといつまでも聞いていられそう。どうやら私はすっかり小味のきいた魔法にかかってしまったようです。ただの山間の草っぱらも、西さんに出会うとたちまち魔法がかかったように輝いて見えます。

さて、続きの記事では、そんな西さんや菖蒲ご膳の皆さんたちから、山菜料理を受け継ぐお仕事の募集の話です。一体どんなお仕事なのでしょうか?

「私が元気なうちは山菜に興味がある人にはなんでも伝えたいと思っています。それが私にできる恩返しだから」

西さんはそう微笑みます。

取材・文:池田愛子

採用情報はこちら

Topページへ