PROJECT03 暮らしと交通

まったく新しい地域交通がつくった、 元気な高齢者が多い町

西川登町支え合い かんころの会
コーディネーター 井手大補さん
スタッフ 一ノ瀬靖浩さん

取材・文:いわたてただすけ

PROJECT 3

西川登町は高齢化率が38%。住人の3人に1人が高齢者であり、佐賀県武雄市の中で高齢化がもっとも進んでいる地域です。山あいにあるこの小さな町に、1台のバスが走り始めました。その名も「かんころ号バス」。路線バスのような大型車両ではなく、普通車による送迎サービスが今、地域交通の先進事例として注目を集めています。それはなぜでしょうか。

かんころ号バスを運営する井手さんと一ノ瀬さんに案内されたのは「かんころの家」。もともと中学校として設立された建物ですが、廃校の後は町民の交流の場に。ところが建物が老朽化し地域の高齢化が進んだ近年は、利用者の足が段々と遠のいて年に数回の行事以外ではあまり使われない状態になってしまいました。この建物を拠点として平成31年からスタートしたのが「かんころの会」による「かんころ号送迎サービス」です。

かんころ号バスは週に2日、地域内を循環して高齢者に移動手段を提供しています。運賃は往復で100円。利用者は40名ほどで、町内の高齢者672人(令和2年5月時点)のうち、17人に1人が利用していることになります。「くらしの移動手段」として、たちまちに地域住民から認知されたこのサービス。しかし、提供しているのは移動手段だけではないと、かんころの会の井手さんは強調します。

*かんころ...さつま芋や大根の切り干しのこと。西川登町ではかつて、かんころ産業が栄え、その売り上げから中学校の校舎が建った。以来、この建物を地域住民は「かんころの家」と呼ぶように。

居場所と移動と買い物、3つを一度に解決するバスが走り出した

井手さん(以下、井手) まず最初は居場所。地域住民にアンケート調査をすると、西川登町の高齢者たちは、自分の居場所がないと感じていました。これが一番目の大きな課題。私たちにはかんころの家がある。でもこれが老朽化して非常に使いづらくなっている。じゃあここに高齢者のみなさんが集まれる場所、居場所を、改めてつくり直そうというのがスタート地点です。

一ノ瀬さん(以下、一ノ瀬) 高齢者の方々が少しでも過ごしやすいように、老朽化したかんころの家の中を整えました。トイレは洋式に換えて、入り口には車椅子でも入りやすいスロープを設置しました。かんころの家には、カラオケ部屋があります。軽スポーツができる部屋もあります。そして何より、一番楽しんでるのは、お喋りですね。みなさんずっと、お喋りしています。バスの運賃は往復で100円。移動手段だけでなくかんころの家で自由に過ごしていただくための施設費として別途100円をいただいています。

木造校舎の各教室にはカラオケや軽スポーツの札がついていて、レトロでかわいい。

井手 移動手段がないという方は、じゃあバスで迎えに行きますよ、と。そうしたらついでに買い物難民の方もいらっしゃいますよね。往復にプラス100円で、スーパーや役所にも送ります。居場所、移動、買い物。この3つを全部同時に解決してしまおうという取り組みを総称して「かんころ号送迎サービス」と言ってます。かんころ号バスは、「かんころ号送迎サービス」の中のひとつです。

一ノ瀬 やっぱり高齢者、利用者のみなさんが、ありがとう、楽しかったよ、お世話になります。そう言ってくれる声が嬉しくてやってます。

井手 それは建前のお礼ではなかですよ。ある高齢者の方は、ご家族から、認知症が始まったようだと聞いていたんですが、かんころの家で楽しく遊ぶうちにすっかり元気になられて、今度は他の方の認知症を心配されていたりとかですね。実は、このサービスを始めてから1年の間に、利用者さんが3人亡くなられたんです。でも、亡くなる直前までかんころの家に来られていてね、重病を患っていたのに入院の日にちも極端に短かった。人生の最期の最期まで、ここにきて楽しく元気に過ごされていたんだな、あぁこの活動をやっていて良かった、と思いますね。

西川登町は嬉野市、波佐見町との境目にあり、武雄市外から距離のある山間の地域です。こうした地域社会では、高齢により免許を返納した人、あるいはもともと免許をもっていない人が、どこにも出かけられない、家の中にいるしかない、という状況が生まれてしまいます。だから、居場所だけ独立して作ることに意味はない。移動手段だけ用意しても意味がない。家の外に出たくなる仕組みをつくらねばならないのだと井手さんは言います。

自分たちのことは自分たちで解決していく、持続可能な仕組みづくり

活動のきっかけになったのは国の「地域包括ケアシステム」。全国で取り組み事例が募集され、西川登町のためにどんな仕組みづくりができるか」を考え始めた井手さん。無事に事業が始まり、バスの運行も施設の運用も順調に継続できていますが、事業を継続するための運営資金の調達が、直近の課題のようです。

井手 まず、かんころ号(バス)は武雄市から無償でレンタルしております。ガソリン代も武雄市 からの補助です。でもやっぱし、企画費や広報資料の作成などにもお金はかかります し、私たちの報酬は計算に入れず、ボランティアに近いかたちではあります。また、国の 方では2025年問題にどう対応するかということが課題とされています。国の生活支援 体制整備事業の継続も含めて2026年以降もサービスを継続していくためにどうしたら 良いか。そこを一番の課題としてやっています。

できる限り自宅の前まで送迎できるように、バスのサイズは細い道にも対応できる大型乗用車にとどめたそう。

今年度からは、居場所、移動、買い物の三本柱に加えて、新しい取り組みも始めました。「見守り」の活動です。

井手 1人の高齢者を2人で見守りましょう。新聞がたまっていたり電気がついていないご家庭があれば民生委員さんに報告しましょう。という仕組みです。それを西川登町一帯で取り組み、高齢者を見守りながら、行政からも委託料をいただき、かんころサービスの運営資金としてはどうかという話を進めました。

さらに、同じく武雄市の「生活支援サポーター」制度にも取り組んでいます。電球交換やゴミ出しができないという高齢者を訪ねて、代行するサービスです。こちらも「見守り」と同じく地域を巡回する送迎サービスがそのまま活きる取り組み。かんころの会は地域住民の相互支援は「どちらも西川登町で独自にやりますよ」と宣言しました。県や市の行政が「やってくれる」のを待つのではなく、自分たちの課題は自分たちで解決して正当な報酬を得る。その報酬を次の課題解決に回していく。交通の枠にとどまらず、民間団体が自ら地方自治できる範囲を広げていく試みは、全国的にも最先端ではないでしょうか。

一ノ瀬 かんころの家には、小さい販売所もあってですね、ちょっとした野菜とか、手芸品を売ることができるようになっています。そこで買い物をできるというのはもちろん、自分も売る側になることも、みなさん、張り合いになっているようです。とはいえ、まだここに来ている人は、町民の一部だけ。どうしても家の外に出られない方もいます。なので、今度は移動スーパーも考えています。その次は、弁当の宅配もできるでしょうね。もっと、喜んでいただける方が増えますし、そこからも売り上げも出ればと思います。

井手 あとやって良かったと思っているのが「高齢者困りごと相談」という企画。そこで何をしたかと言えば、まず最初は、国の10万円の特別定額給付金の申請ですよね。それから、マイナンバーの申請。今年になってからは、コロナワクチン接種を団体として申し込んだりとか。高齢者にとってはどれも難しいですもんね。まぁこれは運営費にならないですけどね。

元気な高齢者が多いまち、そういう町づくりでいい

かんころの会の運営は、かんころバスの運転手も含めてほとんどが高齢者。最年少の一ノ瀬さんですら、61歳です。それでもまだまだやり尽くせないほどのアイデアが、次から次へと湧いてくるのはなぜでしょうか。活力が途切れないのはなぜでしょうか。

一ノ瀬 地域交通の主役は高齢者なんですよね。高齢者の気持ちがわかる年齢の人 が、高齢者向けのサービスの運営に携わるのは良いことだと思います。誰かが 「やってくれる」のではなく、私たちのほんのちょっと先の未来に、私たち自身で 備えておく。そういうことです。喜んでくれている人がたくさんいるので、この状 態を続けていくことが一番大事。

井手 いつかはですね、福祉の町、西川登というのを表に出していきたいです。若者が減っても、高齢者が元気ならよか。元気な高齢者がいっぱいいれば、きっとなんかいいこと楽しいことがある。高齢者が元気なまち、そこには近づいていると思います。

かんころ号送迎サービスが始まって、わずか1年。西川登町は単に「高齢者が多い町」から「元気な高齢者が多い町」へと、変化しつつあります。ただ「交通手段」があるだけでは、人の心も体も、動きません。しかし、行きたい場所、したいことがあっても、交通手段がなければ地域の活力は失われてしまいます。大切なのは、部分ではなく全体を見ること。地域のニーズに耳を傾け、役割以上にできることを模索し続けること。それが大事だと、井手さんと一ノ瀬さんは教えてくれました。

かんころ号バスは、地域に新しい移動手段をもたらしました。しかし、それは単なる移動手段ではありません。かんころの会から提案されているのは、西川登町の高齢者たちにとっての新しいライフスタイルです。

今、地域では、かんころ号バスのように、地域住民と行政が手を取り合い自らの力で新しい移動手段を作り上げることが求められています。次のお話は、地域と一緒に新しい移動手段を考える「くらしのモビリティサポーター」のお仕事の募集のお話です。「くらしのモビリティサポーター」とはどのような仕事なのでしょうか?

取材・文:いわたてただすけ

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